2006.04.13

『国家の品格』 藤原正彦

 ‘真の意味での国際人とは、世界に出て、人間として敬意を表されるような人のこと’

“国家の品格”。
それは読書を習慣づけようとした自分にとって、最もな1冊だったと思う。
今まで自分は、何に対しても近道やうまい方法ばかり、探してきたように思う。
それが全て、簡単な道ではなかったけれど、結果的にうまくいったとは言い切れない。

物事は、論理だけでは成り立たない。

英語がうまくなりたい、学校で習う数学や生物、もちろん古典も
自分が進もうとしている道には、必要がないこと。
そんな風に考え、高校生活を送ってきたように思う。
確かに、それらのことが将来必ずしも生かされるとは思えない。
でも、そんなことは先生だって考えればわかるわけで、
本当に必要のないことならば、初めから大学の授業のように、
選択するようになっているはず。

自分のやり方に根から反対する人はいなかった。
だって、単純に考えれば、受験科目にはない教科を
苦労して勉強する必要はないと思うだろうから。

でも、必要だった。

受験のためだけではなかった、今まで自分が習ってきたことは。
何をどう表現すれば良いのか、自分でもよくわかっていないのだが、
これだけは言えると思う。
自分の単純な考えは、大部分が間違っていた。

 ‘論理とか合理を否定してはなりません。これはもちろん重要です。
  これまで申したのは「それだけではやっていけない」ということです。
  何かを付加しなければならない。その付加すべきもの、論理の
  出発点を正しく選ぶために必要なもの…’

人としてまだ未熟。

そのように感じる。
なのに、自分の理想だけを追いかけ、
そこに辿り着くよう、一生懸命になっていた。
今までしてきたことが、無駄な努力だったわけではないと思う。
でも、その道を追いかけ始める前に、もっとやるべきことがあった。

今の自分、
全くと言って良いほど、祖国のことを知らない自分。
国際人になりたくて、でも、実際には‘国際人’の意味すら
わかっていなかった。
英語が話せれば、まず、なんとかなると思っていた。
英語がひとつの手段でしかないということは、
何回も聞かされてたし、自分でもそう思っていたつもりだった。
今回、やっと理解したように思う。

今日の朝刊にも、‘愛国心’という話題について触れていた。
ひとつ意味を間違えれば、様々な問題を引き起こす。
そして、この言葉の受け止め方は人それぞれのようだ。
それだからこそ、現今のように議論が交わされる。

 ‘愛国心=自国の文化、伝統、情緒、自然、
                …そういったものをこよなく愛すること’

そう支持している人が、大概だと信じたい。

これから自分のやるべきこと。
もっと世界の中の日本を知ること。
これは、歴史に対してのことだけではない。
うまく言葉には表現できないけれど、
自分の中ではわかってきているつもり。

まだまだ人として未熟な自分へ。

もっと大きな人間になれ。

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